この時期仕事で大阪に来ることが多いのですが、昨年も来阪して偶々御堂筋を歩いていて度肝を抜かれたのが、こちら


七宝山大福院「三津寺」様。真言宗御室派の準別格本山という格式のお寺です。
奈良時代、行基菩薩の開創とされるお寺で間違いなく「古刹」です。
「三津寺」は「みつてら」とお読みするのが本来なのだと思いますが、地元の方は親しみを込めて「みってら」さんと仰います。
御堂筋に面して建っていますが、この三津寺様のある御堂筋の角から東西に走る通りを「三津寺(みってら)筋」と言って、ミナミの街でも有数の繁華な通りで、大阪市内の方ならば知らぬ人はいないのではないかと思います。
この三津寺様、少し前から囲いがされて工事をされてるなあと思ってはいたのですが、いつの間にかこんな事になっていたとは!
と昨年の私は驚いた訳ですが、この三津寺様が今のような姿になって落慶法要を執り行ったのが一昨年の秋だそうで、情報としてはかなり昔のお話になりますことはご了承願います。
色々と調べてみると、文化五年に再建された本堂の保存修復のため東京建物との共同事業により、定期借地権を設定して寺院一体型のホテル、商業施設として「東京建物三津寺ビルディング」が竣工。テナントとして「カンデオホテル」が開業ということのようです。
しかもお寺の本堂は元あった場所から曳家されて現在の場所に移され、ホテルスペースへの入り口に至るまでに必ず本堂の前を通過する形になっています。本堂の真上をビルが覆うような構造になっていて、ご本尊の上を踏むようで誠に恐れ多いようにも思うのですけれど……。

外陣は昼間は常に開放されていて、誰でも上がってお詣りができます。

ご本尊は十一面観音。毘沙門天と地蔵菩薩が脇士に見えます。向かって右の壇には弘法大師を中央にして金剛界大日と弥勒菩薩(定印に五輪塔をお持ちのスタイル)。左の壇には薬師如来を中央に愛染明王と不動明王。どのお佛像もみな端正で美しいお作です。
私がお詣りさせて頂いている時も、恐らくはホテルに宿泊の方なのだと思いますが、何組かの外国人観光客が外陣に上がってきていました。
これだけ大規模なホテルが併設されているということは、別経営ながら宿坊が付随しているようなもので、その収益の一部が定期借地権を通して三津寺様に還元されるというのは、地の利を活かした素晴らしいシステムだと思います。
こうした形で寺院を存続させて行くことに、ある種の抵抗を感じる方もいらっしゃるかとは思いますが、私個人としては伝統ある古刹を次代に繋ぐ方法として積極的に拍手を送りたいと思っています。
寺院の存続が危ぶまれるようになって久しいですが、この三津寺様の場合は恐らく稀に見るほどに成功したケースと言えるのではないかと思います。今も多くの寺院がその存続に頭を悩ましていらっしゃることかと思いますが、全ての寺院にこうした打開策が想定出来る訳ではないのは言うまでもないことです。
寺院の存続を脅かす原因は色々あるのでしょうが一般的によく聞くものに、「檀家の減少」「建物の改修、維持管理」「後継者の問題」などがあります。
しかしこれらを全て突き詰めると誠に悲しいことながら「お金」に行き着いてしまう話なんですね。「後継者の問題」とて極めて下世話に申せば、家業に「うまみ」が感じられないから継ぎたいとも継がせたいとも思えなくなるのだろうと思います。
こういう時に頭に浮かぶのは伝教大師の「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」です。道心さえ堅固に持ち続けて修行をすれば衣食はそれについてくるということですが、残念ながらこれは飽くまでも個人レベルの話であろうと思います。道心堅固なご住職のお寺は必ず繁栄するという意味では決してないと思うのです。
お寺の栄枯盛衰は人間のはからいを越えたものなのだと思います。歴史的にも名だたる大寺が大檀越を失って廃寺になったり、或いは廃寺同然のところから中興されたり、また三井寺のように何度も蘇る不死鳥のようなお寺もあったり。
時代の流れに逆らって人間が如何に頑張ってみても、流れは思いのほかに早いものです。
現在お寺の将来について様々に思い悩んでいらっしゃるご住職様も多いことかと思います。そうした時に必要なのは私は「道心」なのだと思います。御本尊様に恥じぬ「道心」無きところに最良の判断は無いと思うのです。
三津寺様のような御英断をされたり、或いは空いた土地で事業を計画されているところもおありでしょうが、お寺が利益のみを追求するようになってしまうと必ず寺院経営に歪みが生じてくるように思います。先頃破産手続きが開始された某聖天霊場など残念ながらその例に漏れぬところでありましょう。しかし三津寺様の場合、毎朝の勤行時に誰でも内陣での随喜が出来たり、毎月の愛染護摩があったり、他にも写経や写仏の会があるなど広く地域に対して門戸を開いて活動をされていらっしゃいます。繁華な立地にもかかわらずこうした地道な活動に余念がない辺り、やはり私は「道心」の有無を感じずにはいられません。
三津寺様への参拝によって、寺院の存続、時代の流れ、道心の大切さ……
様々な事を考えるよき縁となりました。