皆様日頃ご自坊やご自宅でのお供えはどうしていらっしゃるでしょうか?
私のところは主だったご尊格には一応お水とご佛飯は必ずお供えするようにして、弁天様やお稲荷様などお酒がお好きそうな方には更にお酒を差し上げています。後はその時々でお菓子や果物などあればお供えするようにしています。
お佛像の数が少なかった頃は何の苦も無く出来ていたのですが、段々と数が増えて来るとこれが中々に大変になってきます。
炊いたご飯をよそって、閼伽水を入れて、生花の水を替えて、毎朝少なくとも15分位はかかりますね。
たかが15分と言えども、朝の15分は貴重ですよね。

一門の皆さんはどうなさっているのだろうかと思って聞いてみたり、或いはお詣りに伺った折などに壇を拝見していますが、皆さん本当にそれぞれですね。
私のようにそれぞれのお像に何かしらお供えされている方もいらっしゃれば、広い壇に幾つかのお供えを置いている方もいらっしゃいます。また御本尊様に水玉一つという方もいらっしゃれば、日々のお供えは特に何もしないという方もおいでになります。
密供に「普供養偈」というのが出てきます。
我今奉献諸供具 一々諸塵皆実相
実相周辺法界海 法界即是諸妙具
供養自他四法身 三世常恒普供養
不受而受哀納受 自他安住秘密蔵
これに関しては私なぞが説明するまでも無く、師僧のブログ記事が言葉を尽くしていらっしゃるので引用させて頂きます。
これをお読み頂ければ分かる通り、お供えは誰が如何程贅を尽くしても、結局は広い法界の中で右から左に物が動くだけの話なんですね。だから詰まるところお供えはしてもしなくてもいい。しないからと言って御本尊様がお怒りになるなんてことは基本ないわけです。だったらお供えなんてしなくていいじゃないかとなる訳ですよね。
実際私もご尊格が増えてきて何度となくお供えを簡略化しようかと思った事がありました。
しかしその度にそれを思い止まらせるのは、平安初期の比叡山の名僧、相応和尚の逸話です。
「そうおうかしょう」と読みます。「かしょう」は漢音で古い天台の読み方ですね。
相応和尚は比叡山の不動信仰の要である無動寺の開創で、今に続く千日回峰行の祖と言われる方です。しかもこの方、多くの霊験譚が語り伝えられています。慈覚大師や智証大師、或いは五大院安然など皆多くの著作を残されていますが、相応和尚にはそうした著作が見当たりません。恐らく行一筋の方だったのでしょう。
この相応和尚は15歳で比叡山に登り、法華経の常不軽菩薩品を学んで感銘を受けて、同じように行をしたいと思いながら、日々忙しく走り回らなければならない身でそれが叶わず、せめてはとの思いから毎日根本中堂に花を供えるのを欠かさぬ事6〜7年に及んだと言います。
それが当時の天台座主円仁(慈覚大師)の目に止まり、年分度者に選ばれます。
年分度者とは…
当時僧侶は課役を免除されていたので、増えすぎないように僧侶の数を制限する為に、朝廷が各宗派に一年で得度出来る人数を割り当てました。新興勢力の比叡山は止観業(顕教)一人、遮那業(密教)一人の年二人のみ。その度者に選ばれるのは超エリートの証です。
しかし相応和尚は、夜分根本中堂でこの度者に選ばれる事を願って涙を流しながら五体投地する沙弥の姿を見て、この年の度者を辞退してこの沙弥に譲ります。
翌年、慈覚大師に大納言藤原良相が自分の身代わりとなって修行してくれる者を得度させ、更にその者を一生の師としようという申し出があり、大師は迷わず相応和尚を推挙、晴れて度者となります。(これはお公家さんからの申し出でなので年分度者ではなく臨時度者なんですかね?)
得度後相応和尚は比叡山の十二年籠山行に入りますが、後に清和天皇の女御となる藤原良相の娘が病魔に冒され瀕死の状態となり、良相は慈覚大師に娘の病気平癒を願います。慈覚大師は未だ籠山中の相応和尚に命じて敢えて禁を破って下山させ、相応和尚は娘に取り憑いた悪霊を見事に祓ってみせます。この後相応和尚は藤原良相を大檀越として数々の事績を積み重ねて、比叡山に今に残る行門を開いていきます。
相応和尚は根本中堂への供花を欠かさなかった事で慈覚大師の目に留まり、年分度者を一度他人に譲る事でかえって藤原良相との深い縁を得る事になりました。
私は相応和尚のように後世に名を残すような名僧も、その出発点には佛への供花を欠かさぬ「至誠」と他を思う「大慈悲心」があって、それが将来の法縁に繋がって行ったということに些かの親近感を覚えます。
どちらも自分が努力次第で出来る事だから。
無論私のようなへっぽこ行者と平安時代の比叡山の超エリート僧侶では、その修行に於いて質量共に大きな隔たりがあると思います。しかし「佛への至誠」と「他人への慈悲心」というどちらも私共が心掛けるべき事、言わば僧侶にとっての「基本のキ」が相応和尚の場合共に将来に直接繋がっているというのは、雲の上の存在が急に近しい人に思えてくるような感覚です。
お供えの話に戻りますが、
先にも申しましたようにお供えはしてもしなくてもいいのだと思います。では何の為にするのか?
私は縁あってうちに来て下さったお像にせめてもの「至誠」をもって佛前を荘厳させて頂きたいと思っています。それによって相応和尚のように人生を好転させるような出来事が起こるとは勿論思っておりませんが、どこかで相応和尚を追慕する気持ちがそうさせているのかもしれません。余りに忙しい時には挫けそうになりますが、相応和尚の話を思い出すともう少し頑張ってみようと思うのです。
またお供えをお上げしているお寺は尊くて、そうじゃないところはダメかというと決してそうではありません。実際師匠寺ではお祭りや聖天供などの特別な時以外は特に日々のお供えはなさってないんじゃないかと思います。
しかし、師匠寺では毎日何かしらの密供がされています。密供では本尊以外の曼荼羅諸尊にも普く供養が行き渡ると観想します。故に密供をすればそれに上越すお供えはないという事なのかな?と思っております。皆さんそれぞれのお考えがあっての事なので、お供えの有無や形態で判断出来る事は少ないと思います。
私はお供えに大事な事はもう一つ、「持続可能」であると思っています。
日々のお供えをするならば毎日これ、ご縁日には毎回これを供えると、一度決めたらそれを続ける事が大切だと思います。逆に言えば自分が間違いなく続けられる程度のお供えを選択するべきなのだと思います。その持続こそが至誠の発露なのだと思うからです。
明日からまた朝のお給仕頑張ります。